近鉄奈良線に「若江岩田」という駅があります。この駅の南側の集落が若江、北側の集落が岩田であることから、名付けられました。
この駅と交差する河内街道を南へ1km強あたり行った所に若江鏡神社があります。『延喜式神名帳』よりさらに古い『文徳実録』にその存在が記録されていることから、相当古い神社であると言えます。
境内は広く約2000坪。ご祭神は、大伊迦槌火明大神(おおいかづちほのあけのおおかみ)、仲哀天皇、神功皇后(じんぐうこうごう)の三柱です。社殿には、参拝者の顔が映し出される角度で鏡が置かれています。
社殿以外にも、天照皇大神社(伊勢神宮)、塚本稲荷社(農業、商売繁盛)、熊野権現社(熊野三山の神様)、水神社(水を司る神様)、八雲歓喜天社(カヤのご神木に住む己さんを祀る)などの末社があり、すべてお参りするとかなりの時間がかかります。
いつもご神気に溢れ、祭りの時以外は静寂さが保たれた、大変良い雰囲気をもった神社です。
現在の社殿は、1828年に再建されたものです。と言いますのも、以前の社殿は大坂夏の陣で焼失していました。
実はこのあたり、大坂夏の陣 若江の戦いの合戦場所です。みなさんもご存じの通り、大坂夏の陣は大阪城の堀が埋められてしまったがゆえに、豊臣側からすれば野戦を強いられた厳しい戦いでした。大坂夏の陣の一つでもある若江の戦いは、木村重成ら(豊臣方)と井伊直孝(徳川方)との間で繰り広げられました。この戦いで木村重成は19歳の若さで命を落とすことになりますが、勇敢で美男子であったことから、女性も含め多くの者から惜しまれたと言われています。
日本を代表する歴史作家・司馬遼太郎は『街道をゆく』シリーズの「河内みち」で、河内の風土について、以下のように記しています。
「少々ガラが悪いが義理人情に厚く、祭りや賭け事には滑稽なまでに情熱を注ぐ河内の男たち」と表現しています。
NHKは『街道をゆく』シリーズをTV番組化しましたが、第31回目の「河内みち」で、河内人気質の象徴として描かいたのが、若江鏡神社の祭りにかける氏子たちでした。
この神社は、普段は静かでご神気に溢れていますが、祭りの際には、このように熱気と猥雑さを表面に晒しながらも、神事と祭りを大切にする心意気が現れやすい神社でもあります。
この神社に関心を持たれた方にお勧めしたいのは、以下のような散歩コースです。若江岩田駅(近鉄奈良線)を起点とし、河内街道を通って、近鉄八尾駅(近鉄大阪線)に至るルートです。約3.7kmです。
若江岩田駅 → 白穂(和菓子処) → 若江鏡神社・蓮城寺(れんじょうじ) → 木村重成の墓(幸第一公園内)→ 八尾市立埋蔵文化財調査センター → 西郡天神社 → 加津良神社 → 恵光寺(萱振御坊;かやふりごぼう) → 近鉄八尾駅
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