四天王(してんのう)という言葉はよく聞きます。
仏像の世界における四天王とは、持国天(じこくてん)、増長天(ぞうちょうてん)、広目天(こうもくてん)、多聞天(たもんてん)です。インドに源流がある神様ですが、仏教では帝釈天の配下にあり、仏の世界の四方の守護を担っています。
持国天は東方を守る仏様です。中心となる仏像の周りに置く場合、その仏像の左前に(その仏像が北向きに置かれていれば、南東(巽)側に)置かれています。たいてい、刀か戟(げき)か槍を持っています。
増長天は南方を守る仏様です。中心となる仏像の周りに置く場合、その仏像の右前に(その仏像が北向きに置かれていれば、南西(坤;ひつじさる側に)置かれています。たいてい、刀か戟か槍を持っています。
広目天は西方を守る仏様です。中心となる仏像の周りに置く場合、その仏像の左後に(その仏像が北向きに置かれていれば、北西(乾)側に)置かれています。たいてい、筆と経を持っています。
多聞天は北方を守る仏様です。中心となる仏像の周りに置く場合、その仏像の右後に(その仏像が北向きに置かれていれば、北東(艮;うしとら)側に)置かれています。たいてい、戟、仏塔、宝棒のうち二つを持っています
多聞天は、単独では毘沙門天とよばれています。「越後の虎」と呼ばれた戦国武将の上杉謙信は、戦いの神「毘沙門天」を深く信仰し、自らを毘沙門天と同一視しました。越後は、都(京都)から見て、北東方向にあたります。自分の役割は都を守護する役目だと信じていたからなのでしょう。
中心となる仏様をとりまくこの四天王(の並べ方)は、多くのお寺でよく見られる最も基本的な並べ方です。どこのお寺に行っても確認できるのではないでしょうか。
私のお気に入りの四天王像は、東大寺戒壇院(かいだんいん)、当麻寺金堂、薬師寺東院堂です。
四天王の覚え方:「地蔵こうた(買った)」と覚えましょう。東からぐるっと一周、つまり、東-南-西-北です。
東には、持国天(じ・こくてん)
南には、増長天(ぞう・ちょうてん)
西には、広目天(こう・もくてん)
北には、多聞天(た・もんてん)
だから、「地蔵こうた」です。
本日のお話は、最もよく見かける四天王像の並びについてでした。
コメント